閑話休題
未来に続く長い道のりの中で
サッカーW杯が素晴らしい活躍と盛り上がりを見せてくれていて、応援が楽しいこの頃です。
森保一監督が、コメントの中で、ご自身が、
未来に続く長い道のりの中で
一つ一つのことをお考えであるという発言をされていました。
(そのまま正確に聞き取って書いたものではないので、少し違うかもしれませんが・・)
以前、栗山英樹監督(当時)も、WBCへの思いの中で、ヌートバー選手を選出したことにつき、
野球が日本だけではなく世界で、今だけではなく将来に渡って広まるために
とおっしゃっていました。
(こちらも正確な再現ではありません。)
今自分がしていることを、
俯瞰してみること
時間軸も、俯瞰して長い未来に当てはめてみること
は、何かを成し遂げていく上で大切なことだろうと学んでいます。
私は弁護士ですから、一つ一つの事件の中で、
嘘をつかれていたり
立場や権力を利用されて苦しんでいる方に
法と裁判例等を駆使して、少しでもより良い方向を目指しています。
(いわば、少し限られた時間や場面にフォーカスすることになります。)
が、長い時間軸で考えたとき、司法が信用されるものでなければ、一人一人も変わりません。
例えば、裁判官の労働や異動は、このご時世では、かなり負担があるものです。
そのような負担を減らすことを、国策として考えていただくことは、大切ではないでしょうか。
そして、現在、裁判官の判断については、
国家賠償法1条1項の「違法な行為」に該当して損害賠償責任が認められるためには、
上訴等で是正されるべき瑕疵があるだけでは足りず、違法又は不当な目的で裁判をしたなど、
与えられた権限の趣旨に明らかに背いて権限を使ったと認められるような特別な事情
が必要とされていますが、
この最高裁判例こそ(昭和57年3月12日)、
憲法及び法律にのみ拘束される という憲法(日本国憲法76条3項)
に反していないでしょうか?国賠法に、法律外の「特別な事情」を付加していないでしょうか?
色んな見方ができますが、その一つとして、「激務ゆえ責任が甘くなっている」と言われたら、
例えば第三者委員会が判断したら、組織全体として否定できるのでしょうか。
現在、民間でも行政でも、コンプライアンスの意識が高まっています。
誰しも、何かの行為や処分をするとき、違法又は不当な目的は持っていません(大半の場合)。
それでも、コンプライアンスの観点から、もっと〜すべきだった、もっと人権に配慮できた、
だから責任がある、というのが、報道される上場企業の第三者委員会の認定だったりします。
例えば、過酷な勤務時間や都度の熾烈な生死の判断を続ける医師に対してさえ、
厳しい過失責任が問われることも多々あります(刑法上の業務上過失致死傷や民事賠償)。
裁判所だけ、これからの長い未来の中で、低いコンプライアンス基準で、信用されるでしょうか。
ひいてはそれが、将来の裁判所や国民一人一人の利益になるでしょうか。
もちろん、我が身を常に厳しく振り返らなければ足りません。
足りない場合には、ご指摘やお叱りを受けなければなりません。
自分でも、厳しくて、耐えるのは、大変な精神作業(+日々の専門業務)です。
ただ、裁判所だけがこのご時世から遅れていないかどうか、長い未来の中で何ができるか、
多くの人と共有して考えたい問題意識です。
裁判官を提訴
裁判官のインタビュー
裁判所が憲法及び法律の中でどう振る舞っていくのか、今後に注目しています。
個人としては、人は全力を尽くしたとしても「過ち」の評価を受けることはあり得るので、
すぐに是正でき、それを分かち合える組織、制度(法律)、社会が望ましいと思います。
是正できなかったのが、袴田事件です。歴史は教訓に変えていかねばなりません。