離婚
親権・監護権、面会交流など、お子さんをめぐる紛争についての考察
令和1年10月から令和5年9月まで、福岡家庭裁判所の非常勤裁判官を務めました。
そこでは、多数の離婚事件をはじめ、タイトルのような、お子さんをめぐる問題に携わりました。
また、この職務・経験のおかげで、弁護士としても、このようなケースのご依頼をいただき、
解決を目指してきました。
以下は、このような経験の中で、弁護士(法曹)として、理解していることです。
判例や統計に正確に基づくものではなく、あくまでも一弁護士(元裁判官)の意見です。
(※特定の事件等に言及するものでもありません。)
最近の家庭裁判所は、父母が何らかの紛争下にあるお子さんについて、
お子さんのために、「お子さんの大好きな」お父さん・お母さん を
いかに尊重できるかを、多角的に評価しているように思います。
離婚や別居など、相互理解が難しい状況で、親権・監護権、面会交流などが紛争となります。
ですから、現在お子さんを育てている〜さん(お父さん・お母さんのいずれか)を、
その反対の、一緒には暮らしていない〜さんが、全面的に信頼できる状態ではないでしょう。
ただ、その状況でも、
「お子さんのために」いかに協力できるか、
を、家庭裁判所裁判官や調査官は、慎重に観察・評価していると感じます。
一昔前は、紛争化にある父母ですから、一方的に連れ去ったり、面会交流を制限したり、
あるいは過大な要求することについて、ある程度多めに見ていたように思います。
やり過ぎてもペナルティはなかったというのが、印象です。
ただ最近は、紛争は紛争として、「お子さんのために協力しましょう」という明確な指標があり、
【協力しない】を超えて、妨害する、過剰な非難を続けるなどの対応に対しては、
ペナルティ的に、その言い分(要求)を認めないという姿勢を感じます。
離れて暮らしていても、父母がどんなに紛争下にあっても、
子が両親を想う気持ちを否定してはならない。
最近は、弁護士として、「お子さんの大好きなお父さん・お母さん」と捉えるようにしています。
ご依頼者に時々話すのは、お子さんのいつかある結婚式や成人式で、お子さんが、
「両親と一緒に(あるいはそれぞれと)写真を撮りたい」と言えれば、
お子さんが両親を感じながら育ったといえ、両親が頑張ったと言えるのでは?
と伝えています。
父母は、今の感情は、今の自分が生き抜くためのものなので、否定する必要はありません。
ただ、お子さんの将来、それぞれがお子さんと関わっていくことを想像してほしくて、
少し視点を将来にずらして、こんなことを申し上げたりします。
父母については、理解し合えなくても、
子どもにとっては、大好きなお父さんであり、お母さんである。
そして、それを軽んじ過ぎた場合には、昔より不利益がある家裁の判断が増えたように感じます。
それをペナルティというか何というか・・
お子さんにとっては対等に大切な父母である
ということへの熟慮が、より厳しく求められるようになったと感じます。
1回で書き切るのは足りないので、またの機会に続きを書きます。
ちなみに、偉そうに書いてはいますが、私は、この「お子さん」の立場として育ちました。